こんにちは。副塾長みっしぇるです。
国語を教えていて最近よく思うことがあります。今の子どもたち(もしかしたら自分もそうだったのかも)は“感情が揺さぶられる経験”が少なくなっているのではないか、と。昔よりも怒鳴られることは減りました。理不尽に傷つけられる場面も減りました。それは、良くなった部分だと思います。
ただ一方で、「恥ずかしい」「悔しい」「負けたくない」「なんとかしたい」など…。そういう感情に触れる、芽生える機会まで減っている気がします。
人は感情が動いた時に多くのことを学びます。
悔しかったから覚える。
伝えたかったから言葉を探す。
負けたくなかったから練習する。
学びの根っこは案外こういう感情に起因すると思っています。
そしてそれが顕れるのが国語。
語彙が増える子は単純に「勉強している子」「本を読む子」だけではありません。「伝えたい」と思った子です。何をか?
悔しかった。
嬉しかった。
恥ずかしかった。
など。「この気持ちをうまく言いたい」「伝えたい」と思う。
その時、人は言葉を探すのだと思います。つまり、
感情が先。
言葉は後。
感情が動かないと、言葉も増えません。そしてその積み重ねが国語「力」に変わります。
おとなはつい「傷つけないように」「無理をさせないように」という「空気」を強く感じます。もちろん大切なことです。しかし「負の感情=悪」ではありません。
悔しい。
恥ずかしい。
できなかった。
こういう感情は、本来、人を前に進める力にもなります。もちろん、ただ傷つければいいわけではありません。追い込めばいいわけでもありません。それでも小学生のうちに
「うわ、悔しい!」
「次は負けたくない!」
そう思える経験は、とても大切だと思っています。チャレンジした子だけが悔しさを知ります。本気でやった子だけが、嬉しさを知ります。そして、その感情が、「もっとできるようになりたい」につながっていく。
勉強は、知識だけでは伸びません。感情が動くから、人は伸びます。
だからザッツでは、ただ“解けた”だけでは終わらせたくありません。
「できた!」
「悔しい!」
「もう一回!」
そんな感情が動く授業をしたいと思っています。
【感情を、揺さぶれ!】
その揺れの中、子どもたちは言葉を覚え、考えることを覚え、自分を知っていき少しずつ前に進んでいくのだと思います。
みっしぇる