「来年の夏、君たちの席はもうない。6年の夏期講習は今年が最初で最後。だから今年の夏だけは【悔いなく】やってくれ」
毎年言う。毎年同じ気持ちで言う。
だって受験のない小学生は自由にしてるんだもの。それを横目に、今年から受験学習を始めた彼ら彼女らは長い長いひと夏の休み期間を代償にするんだもの。だから「今年だけ」。もつのかな…。
だけど。
初めに言えばそれは杞憂だった。この子たちは塾が、授業がすでに大好きになっていたんだ。恐ろしいまでの速度で「塾に通う」が生活の一部になっていたんだ。午前中から5年授業に出させていたのに、6年用の授業も夜9時まであったのに。その生活を楽しみながらみんなで乗り切ったんだ。最初から心配なんかいらなかった。途中、「塾は今日は行きたくない」なんて誰も言わなかった。その日その時、彼らは自分の席にいたんだ。【今年限り】のその席に。
やっている方は?「そうか…来年もうこの子たちはいなんいだな…」そんな感傷に浸る間もなく彼らに授業をしまくった。その日その時必要だと思った内容を説明した。「短い時間・期間だけどいけるかもしれない。届くかもしれない」。その「かもしれない」が一日一日つかなくなっていった気がしたんだ。
夏が終わるころには本格的な志望校選定に入らなければならない。本当に「目標をもつ者」になる。
でも。
ただ今だけ。彼らが自分に「がんばった」と思わせた対価として―
となりの茶店で買って来たタイヤキをみんなが頬ばっているその表情を留めておきたいと思った。柄にもなく。
受験生として扱うことになるこの子たちが一瞬普通の小学生に戻ったその表情を留めておきたいと思ったんだ。
夏は、本当に終わると短いんだ。終わるとぐっと進行も早くなる。