「『早く塾に通いたい』ってすごいねぇ。」
その少年、ナツキの言葉を受けて思わずそう言ったんだ。ナツキは「『塾通い』」っていうのを早くしてみたいと思います。」と目で笑いながら言った。対照的にその両側で、彼の父も母も苦笑いを浮かべている。ナツキは算数が好きだと聞いていて、実際に体験授業でも大いにそのように見て取れた。反面、問題をよく読まずに解くものだからそれなりの間違いもあった。でもその都度照れ笑いしながら朱書きで板書内容を書き写しては楽しそうに解き直す。その様子をよく覚えていた。体験授業実施後に親御さんと面談して入塾の可否を話し合う―彼はどうしてもその中にいたかったのかもしれない。なんせ「早く塾に通いたい」のだから。土曜の昼間、その場で入塾が決まった。
一つ本人も含めて確認したかったことがあった。結果的には聞くことはしなかったんだけど「なんで勉強が好きなのに今まで塾にいかなかったの?」。たぶん…受験するって決めきれなかったのかもしれない。他の習い事もあったと聞く。ただ必要なのは「これから何をしていくか」という具体的な話と策だったから、これまでのことは今はいいかなと思っちゃったんだ。晴れて真新しいテキストを手にした彼は、それまで半ば義務のようだったマスクをその場で外して顔全体で笑いながら、丁寧にページをめくって眺めていたのを覚えている。
受験・塾通いに後ろ向きなフユト、受験はしたいががんばり方がまだわからないコハル、そして塾に早く行きたかった算数好きのナツキ。
この三人がこの小さな塾に机を並べるようになってこの受験が始まったんだ。
あと一週間ほどで6月になる。そんな時期からだった。