2024年3月。
新6年生の授業が始まり、ひと月ちょっとが経つ。あと10日もすれば春期講習が始まる。教室近くの土手では桜の前に菜の花たちが時を伺っている。「咲いていい頃か?」と。
そんな春全開を目前にした空気とは裏腹に5人の授業中の雰囲気は【ペザンテ】そのものだった。
今日は土曜。国語。
「漢字テストの準備…してる?」
新学年の授業が始まって、ぐっと授業数も増える新6年生。どうしてもデイリーワークがあとまわしになるのか、その日はマコトとアキを除き及第点に届いていない。春期講習を前にして「事前の準備」だけは口酸っぱく言ってきた。5年時も含めて。
「たかだか一週間分の内容も練習が徹底できなかったら広大な受験範囲なんて対応できないよ。『毎日やる』、それがデイリーワークだよね?」
自分でもトゲがあるのはよくわかっている。いやトゲを意識しながら言っている。今年のこの5人は性格がいい。人にだって優しい。ただその分…自分にも甘い。根元にあるのはきっと「依存心」で「自分の力でなんとかする、しよう」という姿勢がその段階では希薄に思えた。
「言ってるよね。『塾に通っていさえすれば合格する…それは違う』って。そりゃ選ばなければどっか受かるかもね…ただそれが志望校になるとは限らんよ。自分で手を動かして、それで志望校の方からようやく近づいてきてくれるんだ!」
新6年になったばかりの彼らに本当のこととは言え、今言っていいのか迷う。ただ…嫌だったんだ。「楽しく通って、『何も残らない』受験」が。ならばちゃんと厳しさと必要なことを伝えよう。そのためには雰囲気が重くなってでも、表現記号で言えば【pesant】があったとしてもこの子たちに伝えなきゃって思ったんだ。そう。早い段階で。もしその雰囲気に耐えられず離脱者が出たら…。もちろん考えたよ。でもちゃんとこの子たちには伝わると思ったんだ。全員分かってくれると信じたんだ。だから…この春満開の季節を前に決めたんだ。この子たちが「自分で」やれるようにしようと。楽しい雰囲気ではなく、「必要なこと」を前面に出していこう。「必ず合格させるから」と。
今思えば自信のない賭けだったかもしれないけど…でもね。覚えているんだ。その次の回の漢字テストで全員が及第点をとれたことを。やっぱりちゃんと伝わってた。…本当は最初からやってほしかったけど。