「勉強以外で塾に来ることなんて…あったっけ?」
「意外と初めてかも。」
「なんか最後って気がしないね。」
今日は三人の合格祝賀会。この塾では「出航を祝う会」と銘打ってやる。
あっという間に二月は逃げ、三月は去って。今年の桜はあまのじゃくで、早めの開花予想を裏切り、それより少し遅く咲いた。その代わり二日前に降った強めの雨にも耐えてみせた。そんな桜の季節に彼らの進んだ中学校は昨日が入学式だった。
「また競走始まったね。また『よーい、ドン』だ。」
「え?中学生活って競走なの?」
「でしょうよ。塾…っていうか受験もそうなんだから。」
「そういう意識、なかったな。」
本当にのんびりした子たち。「だからやってこられたのかな」そんなことをふっと考えたりもした。
「結構狭かったんだね、この塾。」
フユトが言う。
「ね。わりとね。」
コハルが返す。
「うん。オレも思った。」
ナツキが乗っかる。
もっと小さく見えるかもよ、しばらくしたらね。キミらの成長のスピードからしたらあっという間かも。
この小さな教室で、初めて出会った春。
この小さな教室で、最初は思い通りにいかず悔しがることすらできずに過ぎていった夏。
この小さな教室で、ようやく「問題を解く」の意味を知った秋。
この小さな教室で、全力でやっても及ばないことを知り、それでも挑み続けた冬。
そしてこの小さな教室を出て、自分たち居場所へ出航していった春。
あっという間に過ぎて行った日々。
ただ、今だけは、今日だけはこの塾の生徒でいて欲しい。
そう思ったんだ。今までで「一番楽しい春」。それを刻んでほしい。
そして、この子たちをようやくお父さん・お母さんのもとに返すことができたんだ。