「『この日これがある』ってわかってて、準備してきてない…。それはまずくない?」

いつか言わなきゃと思ってたこと、結構早く言う羽目になった。毎週「ここやるよ」って告知している漢字テスト、合格点に届いたのがナツキだけ。これが三週続いた時だった。フユトとコハルは力なくこっちを見ている。もともとの地顔が笑顔のナツキも巻き添えを食っているからバツの悪そうな表情で黙っている。梅雨の晴れ間、外で彼ら三人と同じくらいの年かな、男子二人がじゃれあいながら走っていく、その足音が聞こえる。ちょうどコハルが乗ってきた自転車のあたりで。

そう。知っている。君らは土曜日の午後、遊びたいのを我慢してここにきている。「受験するから、決めたから」と自分に言い聞かせながら。またおうちの人にそう言われながら。6月に入りようやく「塾に通うこと」に慣れつつある。だからこそ次の課題、「がんばり方を知っていく」をしないといけないタイミング。塾に入ったからできるようになるわけじゃないんだよ。塾はピアノのレッスンと同じ。考え方や技術を学ぶ。そしておうちで習ったことを繰り返し練習する。そうじゃないと「その場だけ」で終わっちゃう。「塾でやる」じゃない、「家でやる」でもない。「そこでも家でもやる」なんだ。それが君らのあこがれる学校の望んでいるスキルなんだ。だから必要な「がんばり方」を提示していかなければならないんだ。目標に近づくためにも。

「君らががんばってここにきているのは認めるよ。コハル、お前さんは今日自転車で来てるよな?自転車ってさ、漕ぎ始めが一番脚力使うよな。今日もそうだったんじゃない?」

顔だけ上下させて返事するコハル。

「始めが一番大変なんだよ。今の君らみたくさ。」

「来週同じこと、言いたくないから。」

それだけ言って授業に入った。その日は5分もしたらみんなもとの表情。さっきまで説教されてしょげてたのに。この子たちの武器だ、切替の早さは。もう少し噛みしめてくれ、とも思うけど。さあ、来週の漢字テストはどれくらいそれぞれの「がんばり方」を示してくれるかな。

―結果から言うとそれ以降、「準備」と「がんばり方」のその話はすることはなかったんだ。なぜか?「それに対する準備」をやってくるようになったから。もう一つの彼らに共通した武器。それは「素直さ」。ふらふら走り出した自転車たちはなんとかまっすぐ走れるように、ペダルから足を離さないことをその時に覚えたのかもしれない。

(君ら自身のがんばり方、続くといいな)

マルが並んだ、集めた小テストの答案をそろえながらそう思った。それと同時に

(あ、そろそろ夏期講習の骨組み考えなきゃ…)

梅雨が明けたらあっという間に夏がやってくるんだ。