「うん…でも楽しかったな、塾も受験も。」
1月も下旬になり、今年の受験生たちの顔も明るい。都内受験の2月を待たず、彼ら三人の受験は終了した。にも拘らず、残り数回の授業に彼らは来続けている。その授業中にナツキが放ったのがこの言葉だった。
「へぇ。あの夏期講習のスケジュールも、寒い中の受験ももう一回やりたいんだ?じゃぁ来年の夏期講習の席、キミら三人分取っておこうか?」
意地悪く返す。
「いや、もういい!絵が描けない!」
作画が趣味のコハルが半分笑顔で半分真顔で返す。
「ま、やってもいいけど…みっしぇる、タイヤキまた奢ってくれるの?」
言葉の途中まで真顔で、後半ニヤけた顔でフユトが乗っかる。
ああ、こんなやりとりもあと数回の授業で終わるんだ。居住区的に都内は少し距離があるし、急ぎ足で準備した彼らの受験にそこまでの余裕はなかった。また結果的に三人の志望校がまとまっていたから出せた結果でもあるから「2月までやろう」とはなかなか言えなかった。
「僕は…」
ナツキが言う。
「もうちょっとだけ、あとちょっとだけやりたかったな」
初志貫徹のナツキ。算数の得意なナツキ。デイリーワークも決して手を抜かなかったナツキ。
言っちゃいけないんだけど「あと一年早く会いたかった」と思わせる生徒だ。本当に言っちゃいけないんだけど「もっと遠くまで飛ばせたかもしれない」と思わせる生徒。どんな問題でもとにかく「突破口を見出そう」とひたむきに手を動かしていたナツキがそういったんだ。
「…確かに。あとちょっとなら。」
「もうちょっとなら、ね。」
他の二人も続く。
目標を達成した、「普通の子が普通以上の努力」をした彼らはその季節と日々を一様に、それぞれで思い出したのかもしれない。一瞬のうちに。その特別な季節がもうすぐ終わるときっと実感したんだ。その時に。きっと。
ナツキが言った「もうちょっとだけ」。大人も「あぁ、終わるんだ」って気づかされたんだ。