「うちの子、間に合いますか?」

その子のお母さんがちょっと伺うような目で、少し申し訳なさそうな口調でそう聞いてきたのは入塾説明の席。その日は曇天で少し蒸し暑くて「ゴールデンウィークが終わったとたん梅雨っぽいな…」と教室を開けた時に思ったことを覚えている。

どう答えたらいいのか。

「もちろん間に合いますよ!」

(元気にそう答えるのが模範解答だろうな。)

でも前日の体験授業で見た所、本当に学校の教科書以外やってないな、というのは分かっていたんだ。だから安易にそう言えない。

(6年のこの時期からだと結構な突貫工事になるぞ。知識も不足している。本当に受験する道が昨日のあの子にとって最善なのかな。迷う。)

「どうしてもその学校(志望校)に通いたいと彼女が思うのでしたら。その上で親御さんがどんな局面でも【焦らない】と思えるのでしたらお預かりします」

咄嗟と言えばそうだったかも。でもその体験授業中に一つ気づいたことがあったんだ。

(間違えることは怖くないんだ…)

それは間違えた問題に対してノートに大きく「×」って印をした、そして彼女はおもむろにもう一回テキストに目をやった。また自分で答えを出そうとして。

それを見て思ったんだ。

(ちゃんと×って自分でかけるんだな)

 

その×→〇にする、時間のかかる作業の中で、もし大人が焦ると子どもたちも焦る事を知っているからその娘のお母さんにも言ったんだ。「じっくり見守ってあげられますか」と。

「…わかりました。本人ともう一度話してご連絡いたします」

その娘のお母さんは、そう言った。今度ははっきりと。

コハルのおうちから「よろしくお願いします。」と連絡が届いたのは次の日の夕方近く。前日とはうって変わって、からっとした快晴の日がもうすぐ暮れようとする頃だった。

2023年期に入って二人目の6年入塾。

そして体験授業のことを思い出す。

(まずは…計算技法からだな)

ここからコハルの中学受験の日々が始まったんだ。