物語が苦手、という子は少なくありません。
「なんとなく読んでいるけど、問題になると分からない」
「内容は追っているつもりだけど、聞かれていることが答えられない」。そういう声をよく聞きます。では、物語はどう読めばいいのでしょうか。
特別なことは必要ありません。まず大事なのは、とても基本的なことです。
「いつ、だれが、どこで、どうした」この4つです。
当たり前のように聞こえるかもしれません。でも実はここが一番抜けやすいところです。
例えば、「だれが」。
登場人物は一人とは限りません。会話が続くと「今話しているのは誰か」が分からなくなることがあります。ここが曖昧なまま読み進めると、気持ちも、出来事も、すべてがぼやけてしまいます。
「いつ」「どこで」も同じです。場面が変わっているのに気づかない。時間が飛んでいるのにそのまま読んでしまう。すると出来事のつながりが分からなくなります。
そして「どうした」。
これは単なる出来事ではありません。「何が起きたのか」を、自分の言葉で言い直せるかどうか。ここまでできて初めて“読めている”状態になります。
ここまでが基本です。そしてこの“基本”こそが一番大事です。実はこの力、高学年になってから急に身につくものではありません。むしろ4年生、あるいはそれ以前の段階から丁寧に積み上げていくことで安定していきます。低学年のうちは文章も比較的シンプルです。だからこそ
「だれが話しているのか」
「今どこにいるのか」
「何が起きたのか」
この基本を時間をかけて確認することができます。ここを曖昧なままにしてしまうと、文章が難しくなったときに一気に読めなくなります。
逆に言えばここができている子は文章が長くなっても崩れにくいと思います。
だからこそ早いうちからの取り組みが大切になります。なにも特別なことはありません。でも読みの土台を少しずつ、確実に作っていきます。
しかしながら、ある程度読めるようになってきたころにこういうことも発生します。それは「気持ちを考えようとしすぎる」ことです。もちろん登場人物の気持ち・心情は大切です。ただ、気持ちは“空から降ってくるもの”ではありません。必ず、「いつ・だれが・どこで・どうした」の上に乗っています。
つまり出来事があるから、気持ちが生まれる。気持ちがあるからそれがしぐさや行動に表れる。順番は、逆ではありません。
ここに気づいたとき、読み方が変わります。たとえば「悲しい気持ちだったのはなぜか」と聞かれたとき。
いきなり気持ちを想像するのではなく「その前に、何があったのか」をたどる。
・誰が
・どこで
・何をされて
・どうなったのか
それを押さえると気持ちは「考えるもの」ではなく、「見えてくるもの」になります。
物語を読むというのは特別な感性が必要なことではありません。しっかりと事実を押さえること。その積み重ねなんですね。
大事なことをもう一つ。読みながら、「映像にできるか」を意識してみてください。頭の中で、場面が浮かぶかどうか。誰がどこにいて、何をしているのか。それが見えていれば、読みはかなり安定しています。
逆にぼんやりしているときはどこかの要素が抜けています。
「だれ?」「どこ?」「何してる?」
この基本に戻ることです。
物語文の読解はセンスではありません。技術です。
「いつ、だれが、どこで、どうした」
この4つを丁寧に押さえること。そしてそれを早い段階から積み上げていくこと。そこから「物語を読む」が始まるのではないでしょうか。
「できる」は楽しい。
物語も同じで、読めるようになると急にそれが面白くなります。
その最初の一歩はとてもシンプルなところにあるのだと思います。
みっしぇる